COWBOY BEBOP よせあつめブルース

 アニメの表現が強く規制されてしまった時代だったようだ。カウボーイビバップは本来、2クールの予定だったが、テレビ東京にて13回目で最終回を迎えることになってしまった作品である。

13回目、総集編と銘打って送り出されたこの作品は、本当にすばらしい。

「よせあつめブルース」では、作中の名言・名シーンがよせあつめられているが、その中でも特に好きな名言がある。

ラフィング・ブルが言った。「泳ぐ鳥よ、お前の体が何で出来ているか知っているか?」
俺は言った、「知らねえよ。きっとどこにでも転がってる鳥のフンだろうさ」
ブルが言った、「泳ぐ鳥よ、お前の魂は何で出来ているか知っているか?」
俺は言った、「知らねえよ。きっとどこにで転がっている綿ぼこりだろうよさ」
ブルは言った、「その答は間違っていて合っている。お前の体は宇宙の全てと繋がっていながら、お前にしかなり得ない。お前の魂は宇宙の全てを含んでいながら、お前でしか有り得ない。それはこの私も、そして誰しも。」「誰かが憎ければ、お前は自分を憎んでいる。誰かを愛していれば、お前は自分を愛している。」
俺は言った。「俺は誰にも何も感じないよ」
ブルは言った、「それは、この地上で何より不幸なことだ。」

カウボーイビバップSession××よせあつめブルースより

「 お前の体は宇宙の全てと繋がっていながら、お前にしかなり得ない。お前の魂は宇宙の全てを含んでいながら、お前でしか有り得ない。それはこの私も、そして誰しも。」「誰かが憎ければ、お前は自分を憎んでいる。誰かを愛していれば、お前は自分を愛している。」

これは、まさしく真理である。この世界を構成する最小単位を原子という。僕も原子の塊である。そして空気も。僕を構成している原子の隣の隣の隣の…原子は、月を構成する原子である。僕は宇宙のすぐ隣の隣の…隣にいるのだ。

魂の話は、感覚的すぎて言葉では伝えるのが難しい。一応挑戦だけはしたけども、エッセンスに過ぎず、あんまり意味が無い。

あなたが見ているこの世界は、あなたの脳内にだけしか存在していない。五感を通して再構成した仮想空間を僕らはそれぞれ持っていて、刺激(五感にうったえかけるエネルギー活動)を伝えることでしか、お互いの世界に干渉できない(それでも間接的にすぎないが)。

なんか話がずれてるなぁ。 寧ろ、無意識について触れたほうがいいのだろうか。

例えば、ここで飛び込んだらどうなるんだろうとか、あいつを殺したらどうなるのだろうとか、普段の自分からは到底考えられない思考がふと過ぎることは、ないだろうか。思考とは、本人にはコントロールできないものなのだ。人は、ふつふつとよくわからない所から湧き上がる様々な考えを、実行するか、払拭するか選ぶことができるだけだ。

うーんこれも少し違うな。

あんまりに本質について触れられないけど、もったいないので一応残しときます。

宇宙の外から宇宙を、エネルギーをみることができるが透視はできないカメラで見たとき、ひとつの塊にしか写らないはずである。そのひとつの塊のなかに、確かに僕のエネルギーは含まれているはずである。大きい視点で見たとき、僕のエネルギーは、宇宙全体のエネルギーに含まれているが、僕のエネルギーを宇宙とは呼ぶことはできないのだ。

うーん。上手に説明できないもんだ。

「誰かが憎ければ、お前は自分を憎んでいる。誰かを愛していれば、お前は自分を愛している。」

こここそ本当のミソだが、まだ論理的に説明できません。

そんなこんなで、愛を持ちながら生きていきたいものですね。

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